
地震や洪水などの災害が起きたときによく目にする話題のひとつとして、"千羽鶴を被災地に送る"という行為が問題視されている。
- 被災して困ってるときに千羽鶴はなにも役に立たない!
- 食料や衣類などを送ってくれ!ありがた迷惑だ!感謝の押し付けだ!
という意見と
- 被災地を思ってお金のない学生が自分たちでできることを考えてるわけだからそんなこというなよ
という意見。
うん。
どっちの言い分もわかる。
しかし、今回の記事はどちらが正しいとかが言いたいわけではない。
そういう社会的な発言をこんなインターネットの片隅の過疎ブログでしたところで意味をなさないことを知っている。僕は大人になったらしい。
ただ、毎回災害が起きる度にこの"千羽鶴被災地に送る問題"がニュースやインターネットで議論が交わされてるのを見ると、僕の過去が疼いてしまうのだ。
タイトルにもある通り、千羽鶴を誰のためでもなく折った、純粋な中学生のひと夏の思い出。
今後も災害の度に思い出してしまうのもあれなので、千羽鶴と僕の話をここに記すことで、僕の中の千羽鶴を成仏させようと思うので聞いてほしい。
目次
そもそも千羽鶴ってなんやねん
そもそもにして千羽鶴はなんのために折るのかご存知だろうか。
亀は万年、鶴は千年
という言葉にもある通り、鶴には"長寿"という意味が含まれている。
なので病気にかかったりした際に、長寿の意味合いを含む縁起のいい鶴を千羽折ることで快復を折るという風習ができたらしい。
いや亀折れよ。
そう思った人とはあまり仲良くなれそうにない。少し離れてほしい。
誰のためでもなく千羽鶴を折った中学生がいたんだ
千羽鶴の説明も終わったのでタイトルにもある通り、僕が中学時代に誰のためにでもなく千羽鶴を折ったときの話をしたい。
そもそもなぜ千羽鶴を折るに至ったかというと、小学校卒業まで時間を遡る必要がある。
卒業アルバムは残酷
卒業アルバムには各クラスごとのページが作られる。
僕の所属していたクラスでは"○○な人ランキング"という謎の特集ページが組まれていた。
クラスの生徒をなぜか分類し、格付けを行う残酷なページ。
こんなやつ。
- おもしろい人ランキング
- かっこいい人ランキング
- 運動神経がいい人ランキング
- 人気のある人ランキング
かっこいい人ランキングと運動神経がいい人ランキングに同時にランクインするような猛者もいた。
そんな中、僕が選ばれたのは
- 折り紙が上手そうな人ランキング
きっと卒業アルバム制作側はクラスの生徒全員をランキングに載せなければならないという思いから、無理やりひねりだして作ってくれたランキングなんだろうと思う。
だが待ってほしい。
僕は人気、ありませんでしたか?
かっこよく、ありませんでしたか?
まあいいです。僕も大人です。
かっこよくもないし人気もないのにそのランキングに入れろとは言いません。
ですが、"折り紙が上手そうな人ランキング"はあまりにもひどくないですか?
せめて、"折り紙が上手い人ランキング"にはできなかったでしょうか?
なぜ、このランキングだけ予想なのでしょうか?
そして図々しいかもしれませんが、言わせてください。
なぜ2位なのでしょうか?
1位の方との違いはなんなのでしょうか?
しかし小学生というのは単純なものである。
今思えばふざけたランキングだし、バカにされていたことも理解できる。
ただ、こんなランキングでもクラスの仲間たちよりも自分は折り紙がうまいんだ!という謎の自己承認をしていたのも事実。
そして悲劇は中学時代に訪れる。
毎日鶴を折り続ける日々
中学に入学し、コミュ障の僕はやはり友達ができなかった。
クラスにも馴染めず、休み時間の寝たフリにも限界が来た頃、暇を持て余した僕は鶴を折っていた。
プリントの一部を切り取って、早く次の授業が始まらないかと考えながら。
すると、クラスで一番人気の女子生徒であるゆみ(仮名)から
ゆみ(仮名)「鶴折ってんのー!うまーい!器用なんだねー!」
と声を掛けられた。
刹那、僕の中でなにかが崩れた。
完全にこの子は僕のことが好きなんだと、本気で思った。
声をかけられて数秒の沈黙の後。
ぼくは「・・・ウン」と答えた。
渋い。激渋である。
圧倒的渋さ。
さすがに渋すぎる。
ここで舞い上がって笑顔をみせて話しかけるような、そんな雑魚キャラと僕は違う。
ゆみ(仮名)もきっと、"あ、この人、他の生徒と違う・・・"と知らず識らずのうちに"本質"を感じ取ったに違いない。
それから僕は毎日鶴を折った。
休憩時間の度に鶴を折った。
家に帰ってからも鶴を折った。
雨が降ろうが、雷が落ちようが、僕は鶴を折り続けた。
鶴を折っている時間だけは、僕の心は穏やかになれた。
いまならきっと"折り紙がうまそうな人ランキング"でも1位になれることは間違いない。
ランキングを作った制作陣にまた会う機会があったなら、"お前たちのランキングは間違っていたよ"そう伝えよう。
そしてこの鶴が千羽を迎えたとき、ゆみ(仮名)に告白しよう。
そう決意したのだった―――
突きつけられる現実、残酷な人生
季節が2つ過ぎ去った頃、900羽近くの鶴を完成させていた。
千羽まであと少し、告白の日は近かった。
いまだに友達はできないけれど、僕は学生生活を満喫していた。
なぜなら、ゆみ(仮名)がいたから。
気づくとゆみ(仮名)を目で追っている自分がいる。
これが恋なんだと、自分でも認識する。
あの日声を掛けられてから、ゆみ(仮名)とは話していない。
ただ、二人の間には見えない糸のようなものがつながっていると、心から信じていた。
そんなある日の放課後のことだった。
"毎日鶴折っててキモいよね"
そう話している声がかすかに聞こえた。
その声はゆみ(仮名)からだった。
間違えるはずがない。
あの日、声を掛けられたことで世界に色がついた僕が、毎晩あの日の言葉を思い出していた僕が、ゆみ(仮名)の声を間違えるはずがない。
"毎日鶴折っててキモいよね"
しかしこの発言は、名前を言っていなかったので誰のことを指しているかはわからない。
僕のことではない、そう信じたかった。
でも、毎日鶴折ってるやつは僕の中学校に一人しかいなかった。
僕だ。
"毎日鶴折っててキモいよね"
これは間違いなく、ゆみ(仮名)が、僕に向けて放ったナイフだった。
僕はバカだった。
いまならわかる。
毎日鶴を休み時間に折っていて友達がひとりもいないやつ、確実にキモい。
ゆみ(仮名)の感性は間違っていない。
でもね、ゆみ?
君がそう言ったから。
君がすごいねって、器用だねって、褒めてくれたから。
だから僕は、君のために、折ったんだーーーー
不幸な出来事は重なりがち
こうして僕は、告白する前に失恋をした。
失恋をして数ヶ月、立ち直るまでに時間はかかった。
あの日以来、僕は鶴を折ることをやめた。
そして美容院に行き、髪型や服装に気をつけるようになった。
少しづつ、話してくれる友達が増えた。
あの日ゆみが言ってくれなかったら、きっと僕はいまもなお鶴を折り続け、身だしなみも気にしない人間になっていたかもしれない。
ありがとう、ゆみ。
そして、さよなら。
しかし、不幸な出来事というものは重なるもので、そんな折、母が入院した。
家事を完璧にこなす母。
それでいて平日は家計を助けるためにパートに出る忙しい日々。
母はいつも疲れていたけれど、僕たち兄弟の前ではそんな素振りを見せず気丈に振る舞っていた。
入院の報せは突然だったけど、きっとなるべくしてなったのだと思う。
入院した翌日、家族でお見舞いに行く。
僕はなにかできないか考えた。
そして思い出す。
鶴を900羽以上も折っていることを。
僕は面会に千羽鶴(厳密に言うと900羽ちょい)を持っていった。
家で見るよりも少し小さく見える母。
僕たちが病室に入ることに気づいた母は、少し照れたように笑いながら「ごめんね」と謝った。
謝ることなんてひとつもないんだよ。
疲れているのに気づけなくてごめんね。
こんな言葉を思い浮かべたが、思春期だった僕は言葉で伝えることができないでいた。
そんな母に、千羽鶴を渡す。
母は一瞬驚いた表情を見せたあと、肩を震わせていた。
「ママのために折ってくれたんだね・・(グスッ」
母は泣いていた。
複雑。
全然母のために折ってない。
これゆみのために折ってたやつ。しかもキモいって言われた因縁の鶴。
なんならかなり縁起悪い。
僕がなんと返答しようか迷っていると、母が続ける。
「こんなにたくさん・・大変だったでしょう・・(グスッ」
母は泣きながら続けた。
ごめん。1日でこんなに折れるわけない。
少し考えればわかるはず。
もう泣かないでくれ、こっちが泣きたい。
父と兄も反抗期の弟の親孝行なプレゼントに驚いていた。
帰路、"隠れてあんなプレゼント用意しててお前は本当に偉いな!"と鼻高々なようだった。
うん。家族全員バカ。
恥ずかしい。こんなことも想像できない家族の一員だと思うと恥ずかしい。
1日で折れるはずない。
数ヶ月かかってるからね。ここまで折るのに。
千羽鶴の現物を見たことある人ならわかると思うけど、あれくっそでかいからね。
千羽鶴なめないでほしい。
あんなん一日で用意できるやつはバケモン。
千羽鶴の業
千羽鶴の話題を見る度に、中学生時代を思い出す。
僕にとっては黒歴史でもあり、自分が変われるきっかけにもなった出来事。
たしかに千羽鶴は被災地に送られてもなんの価値もないかもしれない。
食料や衣服など、実利があるものではないかもしれない。
しかし千羽鶴にはそれぞれの物語が、折った人の思いが詰まっていることは理解してもらえると嬉しい。
母はあれからすぐに退院し、健康そのものでいまも毎日楽しそうに暮らしている。
あの日渡した千羽鶴は、十数年経った今も、押入れの中に大切にしまわれている。
"親孝行な少年が、母を思って千羽鶴を折った"
真実とはたしかに違うかもしれないが、真実を知ることが全て正しいわけではない。
僕もまたあの千羽鶴の真実を、心の中に大切にしまうことにした。
あの日折った鶴は、経緯はどうあれ一人の人間を喜ばせることができた。
失恋には終わったけど、それがなんだというのか。
人生が変わるきっかけになり、母親を喜ばせることができた。
僕はそんな千羽鶴に、折り紙がうまそうな人ランキングに選んでくれた卒業アルバム制作陣に感謝しながら、今日も生きていく。
季節は夏から秋に変わる。
今日も誰かが、千羽鶴を折っている。
色々な想いを込めて、今日もどこかで誰かが千羽鶴を折っている―――
なんだこの話。